multirhythm

ご紹介, 装幀の仕事(孝四郎)

三木露風 『神と人』 1926年

三木露風 『神と人』 新潮社、1926年

DSC8797 ss

DSC8801 ss

明るい青の布表紙の背と平に金の凸版刷り。背はその上に金箔押し。淡紫の身変え四に、扉は黒と紫の2色刷り。

(恩地邦郎・編『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』掲載、邦郎によるコメント、116頁)。

『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』三省堂サイト:https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/gen/gen4lit_etc/onchi_sohonwaza/

DSC8796 ss

著者自身による装幀へのコメントあり。仲間内で親しみを表すときにしばしば「恩地孝」が用いられる。

ご紹介, 装幀の仕事(孝四郎)

坂口安吾『安吾巷談』 1950年

坂口安吾『安吾巷談』 文芸春秋新社、1950年

DSC_0643 ss

DSC_0642 ss

DSC_0647 ss

「三方折装。茶とくすみ黄の地色に木版技法で紙片と糸の刷り潰し。この地紋が表紙裏まで、周囲の白地を生かして通る。文字は紺色。」(恩地邦郎・編『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』、掲載、邦郎によるコメント、154頁)。

『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』三省堂サイト:https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/gen/gen4lit_etc/onchi_sohonwaza/

DSC_0663 ss

ご紹介, 装幀の仕事(孝四郎)

エミール・ゾラ『女優ナナ』 1946年

エミール・ゾラ(山本恭子編)『女優ナナ』(世界名著者物語文庫)新文社,1946年

DSC_0566 -ss

「茶と橙で連続模様。」(恩地邦郎・編『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』掲載、
邦郎によるコメント、145頁)。
『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』三省堂サイト:https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/gen/gen4lit_etc/onchi_sohonwaza/

DSC_0570 -ss

ご紹介, 装幀の仕事(孝四郎)

クラスノフ 『双頭の鷲より赤旗へ 上巻』 1930年

P.クラスノフ 『双頭の鷲より赤旗へ 上巻』(大木篤夫役) アルス、1930年

DSC_0420_ss

DSC_0424_ss

DSC_0427_ss

DSC_0437_ss

「白布に黒・朱赤・黄3色のプリント。箱は濃紺と赤、扉は黒と赤。いずれも直線的で
大胆なデザインである。」(恩地邦郎・編『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』掲載、邦郎によるコメント、129頁)。

『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』三省堂サイト:https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/gen/gen4lit_etc/onchi_sohonwaza/

 

孝四郎、邦郎がともに使用し、後に邦郎がある程度整えたアトリエの書棚は、孝四郎の
生前にそうであったかのように、感性の赴くままといった様子に設えられていた。

そこでは美術史、博物誌、民族誌、民俗誌から政治社会思想書、さらにはファンタジーや
児童書などに至る、さまざまなジャンルの書籍が使用原語のいかんを問わず、違和感なく共存していた。

ただし孝四郎が装幀作品や蔵書から日頃の振る舞いに至るまで政治社会的な主義主張にはいささか無頓着で、それが宮内省式部職の家の子供としての躾に支えられた振る舞いと 混在していたことに、邦郎はあまり共感していなかったように感じられる(元子の印象)。

とはいえ邦郎も、特定の政党や政治的主義主張の支持者を標榜することなく、政治社会のことは家族のあいだの教養として食卓の話題に挙げる程度であった。

だからといって邦郎は、勤め先の私立高校の同僚や部下の、社会活動家として血気盛んに邁進するものに対して偏見をもったり抑圧的な態度をとったりすることはなかった。

結果、学生運動華やかなりし頃、家の応接間が負傷した教師の臨時救護所となったこともあり、家族は大いに胆力を鍛えられたものである。

 

 

 

 

 

ご紹介, 装幀の仕事(孝四郎)

室生犀星 『三吉ものがたり』1946年

室生犀星 『三吉ものがたり』 新洋社、1946年

DSC_0429_ss

DSC_0432_ss

DSC_0434_ss

 

「白地に黄・臙脂・藍3色刷り。すべて筆描き。」(恩地邦郎・編『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』、掲載、邦郎によるコメント、145頁)。

『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』三省堂サイト:https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/gen/gen4lit_etc/onchi_sohonwaza/

記載されているクレジットは「装幀・扉・カット 恩地孝四郎」(装幀、扉には振り仮名あり)。

DSC_0439_ss

DSC_0441_ss

 

ご紹介, 装幀の仕事(孝四郎)

薄田泣菫『太陽は草の香がする』                           1926年

薄田泣菫『太陽は草の香がする』アルス、1926年

DSC_0032ss

DSC_0034ss

DSC_0076ss

DSC_0077ss

「表紙は艶なしの灰白緑クロスに鼠緑で凸版押し。背文字金箔押し。カバー・扉は鸚鵡緑と橙の2色刷り。」(恩地邦郎・編『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』、掲載、邦郎によるコメント、117頁)。

DSC_0078ss

蔵書印あり。

 

ご紹介, 装幀の仕事(孝四郎)

森鴎外『かのやうに 其の他』1946年

森鴎外 『かのやうに 其の他』(推理小説叢書4)、 雄鶏社、1946年

DSC_0049 ss

DSC_0050 ss

DSC_1731ss

 

DSC04714ss

クレジット記載あり。

『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』には掲載されていない。

 

ご紹介, 装幀の仕事(孝四郎)

水原秋桜子『梅下抄』 1953年

水原秋桜子『梅下抄』 武蔵野書房、1953年

DSC_0326 -ss

DSC_0325 - ss

DSC_0329_ss

DSC_0335 - ss

DSC_0334 - ss

DSC_0344 - ss

 

「和紙に木版手刷り、淡紅と黒。本文袋綴。」(恩地邦郎・編『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』、掲載、邦郎によるコメント、149頁)。

木版手摺は平井孝一による。

孝四郎装幀、井上康文『梅』を模したものと思われる。ただし彫りも摺りも平井のほうが均質である。
https://www.multi-rhythm.com/?p=1588

孝四郎による挟み込みあり。

 

水原秋桜子(1892-1981)は、孝四郎と獨逸学協会学校中学校で同窓。第一高等学校を経て、東京帝国大学医学部に入学、産科医としても活動した。

<参考>
獨協大学天野貞祐記念館1階の獨協歴史ギャラリーにて、第2 回企画展「獨逸学協会学校と文化芸術家たちの群像」が2010年10月31日から2011年4月30 日まで開催されている。
http://www.dokkyo-mejiro.com/information/images/dokkyotsushin_75.pdf
(「独協通信」第75号平成22年12月10日発行)

ご紹介, 装幀の仕事(孝四郎)

ヰル・ヂューラント『西洋哲学物語』 1927年

ヰル・ヂューラント『西洋哲学物語』(村松正俊訳)アルス 1927年

DSC_1396 - ss

DSC_1397 - ss

 

DSC_1399 -ss

 

「黒バクラムクロスに金箔押しと空押し。」(恩地邦郎・編『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』、掲載、邦郎によるコメント、120頁)。

ご紹介, 装幀の仕事(孝四郎)

オオマア・カイアム 『アルス泰西名詞選1 ㇽバイヤット』 1921年

オオマア・カイアム 『アルス泰西名詞選1ㇽバイヤット』(竹友藻風訳)アルス 1921年

DSC_1001 - s

DSC_1003 - s DSC_1002 - s

DSC_1005 - s

 

「背は羽二重の深紅染、平も羽二重の白のつぎ表紙。平に黄・紅2色の草模様。平中央・背は金箔。天金。」(恩地邦郎・編『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』、掲載、邦郎によるコメント、108頁)。

『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』三省堂サイト:https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/gen/gen4lit_etc/onchi_sohonwaza/