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ご紹介, 蔵書(孝四郎)

筏井嘉一ほか 『新風十人』 1940年

筏井嘉一・加藤将之・五島美代子・齋藤史・佐藤佐太郎・館山一子・常見千香夫・坪野哲久・福田榮一・前川佐美雄 『新風十人』 八雲書林、1940年。

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文芸復興の機運のなか、10名の若手歌人が参加した異色の合同歌集。

棟方志功による装幀。

蔵書印あり。

 

ご紹介, 装幀の仕事(孝四郎)

野間宏(ほか)『文学的映画論』 1957年

野間宏(ほか)『文学的映画論』 中央公論社、1957年。

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野間宏(1915‐1991)は、戦後、小説、評論、詩の分野で活躍。
孝四郎没後の出版。孝四郎担当は表紙で、この時期に出版された新書サイズの書籍に同じデザインが使われている。カバーは書籍により違う人が担当していたようだ。この本のカバーは洋画家、芝清福による。

色違いで同じデザインの伊藤整著『女性に関する十二章』(1954)が、恩地邦郎・編『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』(三省堂サイト;https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/gen/gen4lit_etc/onchi_sohonwaza/)に掲載されている(邦郎によるコメント「グレー白抜き模様に文字は黒。159頁)。

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野間宏「大衆映画論」のほか、佐々木基一「芸術としての映画」、花田清輝「映画監督論」、安部公房「映画俳優」、埴谷雄高「古い映画手帖」、椎名麟三「シナリオと映画精神」が収められている。

ご紹介, 装幀の仕事(孝四郎)

北原白秋・三木露風・川路柳虹編『現代日本詩選』 1925年

北原白秋・三木露風・川路柳虹編『現代日本詩選』  アルス 1925年.

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「臙脂色の荒目の紬に、背は空押しをした上に茶色の革を貼り、書名金箔押し。」
(恩地邦郎・編『新装普及版 恩地孝四郎 装本の業』(三省堂サイト;https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/gen/gen4lit_etc/onchi_sohonwaza/)掲載、邦郎によるコメント、113頁)。

数多くはないが、自分の作品に蔵書印を押している場合もある。
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ご紹介, 蔵書(孝四郎)

Film – Photos wie noch nie, 1929

Film – Photos wie noch nie mit Originalartikeln unter anderen von : Asta Nielsen, Lilian Gis©h, Greta Garbo, Charlie Chaplin, Emil Jannings, W.Pudowkin, Buster Keaton, Conrad Weidt, Douglas Fairbanks.  Kindt & Bucher Verlag. Giessen, 1929

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1929年出版、初期映画についての写真集、255頁。写真1200点以上を掲載、解説文章あり。グレタ・ガルボ、バスター・キートン、チャーリー・チャップリン、コンラート・ファイトなど。180名弱(目次記載数)の俳優が出演した様々なシーンを観ることができる。

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紙カヴァーは孝四郎による。

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「カリガリ博士」(1919)と「裁かるゝジャンヌ」(1927)のページに、孝四郎による貼り込みあり。

監督のドライヤーの名前は本書冒頭の索引にあるが、映画名「裁かるゝジャンヌ」は映画タイトル索引にない。いずれかからの情報により、この映画に心を留めたのか、あるいは孝四郎独自の感性で、このシーンに注目したのかもしれない。

ドイツ語圏か、フランス語圏かに捉われない孝四郎の関心が伺える。


元子は20代の始めころ、この映画を東京国立近代美術館フィルムセンター(現「国立映画アーカイブ」)で観ているが、この書籍は未見。

ご紹介, 蔵書(孝四郎)

ル・コルビュジェ『建築藝術へ』 1929年

ル・コルビュジェ『建築藝術へ』(宮崎謙三譯)構成社書房 1929年

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スイス生まれ、フランスで活躍した建築家ル・コルビュジエ(1887-1965)の名を広く世界に知らしめた建築論集。

フランス語版「Vers une architecture」については  「10+1 DETABESE」に版の異同についての詳細な論考がある(伊從勉「ル・コルビュジエ・ソニエ著『建築をめざして』初版本の謎について 」:http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/862/

 

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孝四郎による挟み込みあり。

ご紹介, 蔵書(孝四郎)

トルストイ『動物の話』 1946年

レフ・トルストイ『動物の話』(廣尾 猛譯、版畫 ファヴォルスキイ筆) ソ聯アカデミア版 湘南書房翻刻 1946年

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19世紀ロシア文学を代表するトルストイ(1828-1910)が、「ヤスナャ・ボリャナでお百姓の子供たちのために建てた國民學校の生徒たちに讀ませようとして書いた物語りの中からあつめたもの」(37頁)。

「この版は1932年に、ソヴェト聯邦の文學アカデミアがソヴェトの子供たちのためにファヴォルスキイといふ有名な畫家の挿畫をいれて、立派な本にしてだしたものを、その挿畫をそのままつかって、日本語に譯してだしたのです。(譯者)」(38頁、いずれも訳者「あとがき」より)。

 

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孝四郎による挟み込みあり。

ご紹介, 蔵書(孝四郎)

植物図鑑(一部造本)

植物図鑑(一部造本)

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植物図鑑らしき冊子(部分)に表紙、目次をつけ、さらに他の図柄を貼り込んでいる。こうした例は時々見られる。

元のオーソドックスな植物描写と貼り込まれた図柄との異質感たるや。

 

 

ご紹介, 蔵書(展子)

Debussy, Claude, La plus que lente, 1910, etc.

Debussy, Claude,  La plus que lente, A. Durand & Fils, Éditeurs, Paris, 1910

Debussy, Claude,  Images 1er Série pour Piano á 2 mains , A. Durand & Fils, Éditeurs, Paris, 1905

Debussy, Claude,  Estampes Pour le Piano, A. Durand & Fils, Éditeurs, Paris.1903

Debussy, Claude, Nocturne pour piano, La sinène musicale, Paris,1907

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展子蔵書。
楽譜の表紙や譜面に残された微かな痕跡から、もとの持ち主に想いを馳せるのは楽しい。

孝四郎がドビュッシーに心惹かれていたことはよく知られている。好んで弾いていたのは「ゴリウォーグのケークウォーク」、自己流ゆえに、もともと面白いリズムがさらにゆがんだ感じになり、家族には不評であった。ドビュッシーと言えば、日本では「ベルガマスク組曲」のなかの「月の光」が特に有名だが、この楽譜は所蔵されていない。

展子が音楽家であることを孝四郎は喜んだらしく、ドビュッシーを弾いてとせがまれたが、展子が師事した故・谷康子東京藝術大学名誉教授は、ドイツ音楽中心の教育であり、ドビュッシーは習っておらず困惑したという。独学する前に孝四郎が他界したため、ついにその前で演奏することはなかったようだ。

展子は東京音楽学校(現・東京藝術大学)に進学を希望していたが、当時の成蹊高等女学校校長(名前も挙げていたが伏せる)に、成蹊は芸人を育てる学校ではないと叱責され、受験が叶わなかった。

少し年長の淡島千景が宝塚音楽舞踊学校に進学したことが影響したようだが、時代なのか校風なのか、クラシックも宝塚も区別なく「芸人」というネガティヴイメージが付与されていたことになる。

そのため、藝大を始めとする音大卒のピアニストとNHKのオーディションで競うことになり、苦労もあったようだが、望んだポストに就くことができ、特に新潟放送局では様々な能力を発揮させていただくことになった。

成蹊高等女学校には心通じる友人もいたようだが、同窓会には一度も参加しなかった。 もっともそれは恩地家の嫁という立場を(成蹊流に)全うするためであったと思われる。

ご紹介, 蔵書(孝四郎)

井上康文 『散文詩集 華麗な十字街』 1926年

井上康文 『散文詩集 華麗な十字街』 草原社、1926年

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「装幀 ビアズリ 題字 野川 隆」、手書き数字により、「No.21」とある。

小田原出身の詩人、井上康文(1897 – 1973)、初めての散文詩集。「詩のリズムを有すること」を信条としていたという。

参考資料として、小田原文学館特別展「井上康文 ある民衆詩人の足跡」(2014年3月24日~5月25日)パンフレット(http://www.city.odawara.kanagawa.jp/global-image/units/204350/1-20150213180518.pdf)がある。
本展には、孝四郎の作品も展示された。

 

ご紹介, 蔵書(孝四郎)

小山内薫『三つの願ひ』 1925年

小山内薫 『三つの願ひ』(兒童圖書館叢書, 第8篇)イデア書院 1925年

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演劇界の革新に貢献した小山内薫(1881-1928)の童話劇集。

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蔵書印あり。挟み込みあり。